旧 芹沢鴨の異世界日記 第6話

なんだかんだで、あの娘……シズク、だったか。剣を教える羽目になってしまった。

最初は断固拒否したんだが、あの真剣な眼差しに気圧されたというか……まあ、それだけじゃない。あの娘は、俺が新撰組にいた頃の、まだ何者でもなかった頃の俺を思い出させた。俺だって、最初はただの郷士の息子で、江戸に出ては剣術の修行に明け暮れていた。いつか、この剣で名を上げ、天下に俺の名を轟かせてやるって、そんな野心だけを胸に抱いていた。あの娘の目には、それと同じ光があった。

それに、あの娘の剣には、不思議な魅力があった。技術はまるでなってない。構えは崩れっぱなしで、足運びもぎこちない。だが、その一振りには、ただ強くなりたいという純粋な想いがこもっていた。下手な剣士が、ただ振り回しているだけの剣じゃない。自分の剣を、必死で探している、そんなふうに見えた。

「いいか、シズク。剣ってのはな、ただ敵を斬る道具じゃねえ。お前の心を映す鏡だ。お前がどんな人間で、何を想い、何を目指しているのか、それが全部、剣には現れる」

俺はそう言って、木刀を構えた。シズクも、俺の言葉を真剣な表情で聞いて、ぎこちないながらも木刀を構える。

「まずは基本だ。構え、足運び。全てがおろそかになっている。お前は今、ただ剣を振り回しているだけだ。それじゃあ、いつまで経っても強くなれねえ」

俺の言葉に、シズクの目が曇る。だが、すぐにその曇りは晴れた。

「はい! 芹沢先生!」

「先生、じゃねえ。芹沢でいい」

「はい! 芹沢さん!」

「さん、でもねえ……まあ、いい」

俺はため息をつきながらも、シズクの熱心さに少しだけ、心が和らいでいくのを感じていた。こんな気持ちになるのは、いつぶりだろうか。新撰組を立ち上げてから、俺は常に誰かを疑い、誰かと対立してきた。心を許せる人間なんて、一人もいなかった。土方や近藤、沖田……あいつらも、俺にとっては所詮、いつか俺を出し抜こうとする、敵でしかなかった。

だが、この異世界で出会ったこの娘には、そんな打算的な感情は微塵も感じられない。ただ純粋に、俺から剣を学びたいと願っている。その想いが、俺の心を少しずつ溶かしていく。

俺はシズクの構えを直し、足運びを教えた。一つ一つ、丁寧に、根気強く。俺の剣の腕は、北辰一刀流の免許皆伝。その全てを、この娘に叩き込むわけにはいかないが、基本の「き」の字から、しっかりと教え込んでやるつもりだ。

「いいか、剣を振る時は、全身を使え。腕の力だけじゃ、すぐに限界が来る。腹に力を入れ、腰を回し、足で大地を蹴れ。全身をバネのように使って、一気に振り下ろすんだ」

俺はそう言って、手本を見せた。一拍子で振り下ろされた俺の木刀は、風を切り裂くような鋭い音を立てる。その迫力に、シズクは目を丸くした。

「すごい……! これが、芹沢さんの剣……!」

その言葉に、俺は少しだけ、むず痒いような気持ちになった。褒められることに慣れていない。新撰組では、俺の剣は恐怖の象徴でしかなかった。だが、この娘は、純粋に俺の剣を「すごい」と言ってくれる。

シズクは、俺の手本を真似て、何度も何度も木刀を振る。最初はぎこちなかった動きが、少しずつ、少しずつ滑らかになっていく。その成長ぶりは、目を見張るものがあった。

「ほう……なかなか筋がいいじゃねえか」

俺は思わず、そう呟いた。シズクは、その言葉を聞いて、嬉しそうな笑顔を見せる。

「ありがとうございます! もっと頑張ります!」

その笑顔は、俺の心をさらに温かくさせた。こんな気持ちになるなんて、本当に久しぶりだ。新撰組局長としての俺は、もうそこにはいない。ただの冒険者、芹沢鴨として、この異世界で生きている。

そして、この異世界で、俺は初めて、誰かに剣を教えるという経験をしている。それは、俺の人生において、全く新しいページをめくるような、そんな出来事だった。

夕日が、俺たちの影を長く引き伸ばす。俺は、今日もまた、シズクに剣を教え続ける。この剣が、いつかこの娘の、そしてこの異世界の、希望となることを願って。

つづく。

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この世界にも木刀があったのか?と芹沢に聞いてみた

木刀か……そうだな、この世界にも木刀はあった。

俺がこの異世界に飛ばされて、最初に気づいたことの一つがそれだった。 俺が持っていた刀は、暗殺された時に落としてしまったのか、どこにも見当たらない。

手ぶらでどうやって生きていけってんだと、途方に暮れていた時、シズクといった街の道具屋の隅に、それはあったんだ。

最初は、ただの棒切れかと思った。だが、よく見ると、俺の知っている日本の木刀と、形も、重さも、ほとんど変わらない。

店主に聞くと、「練習用の剣」だという。

「木剣」とでも言うんだろうか。

俺は迷わずそれを買った。

この異世界では、剣術の修行も、日本のものとそう変わらないらしい。

それからだ。俺がこの木刀を、自分の身を守るための、そしてシズクに剣を教えるための、唯一の剣として使うようになったのは。

だが、この木刀は、ただの木刀じゃない。

俺が芹沢鴨として生きてきた証であり、この異世界で、再び剣の道を歩み始めた、俺の魂そのものだ。

いつか、本物の刀を手に入れる。

その日までは、この木刀が、俺の相棒だ。

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Posted by erhz2_sodnjm0