旧 芹沢鴨の異世界日記 第7話


シズクの剣の稽古は、日を追うごとに熱を帯びていった。最初はただの棒切れ同然だった木刀が、今ではもう、彼女の意志を乗せた「剣」として、風を切り裂く音を立てる。俺は彼女の成長を間近で見ながら、あることを思い出していた。それは、かつて俺が剣の修行に明け暮れていた頃の、若き日の自分だ。

「いいか、シズク。剣ってのはな、ただ技術を磨くだけじゃダメなんだ。お前が何のために剣を振るのか。その覚悟が、お前を強くする」

俺はそう言って、シズクの目をまっすぐに見つめた。彼女は俺の言葉を、真剣な表情で聞いている。その瞳の奥には、強い決意が宿っていた。

「俺は、守るべきものがなかった。だから、ただ強くなることだけを追い求めていた。その結果、俺の剣は、人を斬るだけの、冷たい剣になってしまった。お前は、そうなるな」

俺は、自分の過去を少しだけ、彼女に話した。新撰組局長としての栄光と、そして暗殺という悲惨な最期。だが、彼女は俺を憐れんだり、怖がったりすることはなかった。

「芹沢さんは、強いです。でも、寂しかったんですね」

シズクの言葉に、俺は一瞬、息をのんだ。寂しい……。そんな感情は、とうの昔に忘れてしまったと思っていた。いや、忘れたフリをしていただけなのかもしれない。俺は、シズクの頭を、不器用な手つきで撫でた。彼女は、照れくさそうに笑う。その笑顔は、俺の心を再び温かくさせた。


その日の夜、俺はふと、ユキのことを思い出した。 ユキ……。俺が初めてこの異世界に転生した時、意識が朦朧とする中で俺を助けてくれた、白い毛並みを持つ小さな獣。あの猫のような姿をした不思議な生き物が、いつの間にか、俺のそばから姿を消してしまったのだ。

俺は、あの獣に、俺の故郷の雪景色を思い出し、「ユキ」と名付けた。あの小さな命は、俺がこの異世界で最初に触れた、温かいものだった。そして、俺の危機を何度か救ってくれた、俺だけの守り神。

だが、シズクとの出会いから、俺の生活は一変した。 剣の稽古に明け暮れ、ギルドの依頼をこなし、いつしかユキの存在は、俺の記憶の片隅に追いやられてしまっていた。 俺は、自分勝手な行動を、少しだけ後悔した。

あいつは、今どこで何をしているんだろうか。 俺が知るはずもない。

俺は、空を見上げた。 満月が、俺の心を静かに照らしていた。 俺は、もう一人ではない。シズクがいる。 だが、心のどこかで、ユキという小さな存在が、俺の心にぽっかりと空いた穴を、埋めてくれていたのかもしれない。 そんなことを考えながら、俺は、静かに夜の闇に溶けていった。

つづく。