芹沢鴨の異世界日記 第一話

2025年8月13日


暗闇の中、俺の意識はゆっくりと覚醒した。いや、覚醒というよりは、無理やり引き戻された、と言う方が正しいかもしれん。

「……くそっ、土方、てめぇ……!」

口から漏れ出たのは、憎悪と後悔にまみれた罵声だった。背中に感じる鋭い痛み。あれは間違いなく、近藤たちとの酒宴で酔い潰れ、寝床で襲われた時の、新撰組の裏切り者どもによる刃の感触だ。

油小路の変だとか、三条大橋での池田屋事件だとか、色々と歴史の記録には残っているだろうが、俺が死んだのは壬生の八木邸だ。

俺の暗殺は、土方歳三と沖田総司、そして山南敬助と原田左之助によって実行された。

俺は新撰組の初代筆頭局長として、そして北辰一刀流の免許皆伝の剣客として、最期まで抗った。だが、多勢に無勢。酔い潰れた後の急襲は、あまりにも不利だった。

奴らの卑怯なやり口に、俺は歯噛みした。だが、それももう終わりだ。俺の人生は、ここで幕を閉じたのだ。

そう思っていた。


俺は重い瞼を開いた。

そこは、見慣れた京の街並みとは似ても似つかない、奇妙な場所だった。石造りの壁、見たこともない装飾品。そして何よりも、空気が違う。どこか、生ぬるく、甘い匂いがする。

「……なんだ、ここは?」

体を起こそうとして、俺は己の身体に違和感を覚えた。背中の痛みがない。全身を触ってみるが、どこにも傷一つない。暗殺されたはずなのに、なぜだ?

周囲を見渡す。どうやら、ここはどこかの宿の一室らしい。だが、日本の宿ではない。天井が高く、窓からは見慣れない植物が生い茂る庭が見える。

そして、俺の身につけているものも違っていた。着物ではない。奇妙な、ゆったりとした白い布の服。まるで寝間着のようだ。

「ちっ……」

舌打ちをして立ち上がると、足元から金属の擦れるような音がした。音のする方を見ると、腰に奇妙な形の剣が吊り下げられている。

いや、これは剣ではない。刀とは全く異なる形をしている。幅が広く、先端が尖っている。そして、柄の部分に宝石のようなものが埋め込まれている。

「……何がどうなってるんだ、一体」

頭が混乱する。暗殺されたはずの俺が、見知らぬ場所で、見知らぬ服を着て、見知らぬ剣を持っている。

その時、頭の中に、誰かの声が響いた。

《ようこそ、新しい世界へ、芹沢鴨。》

誰だ、今の声は? 姿は見えない。だが、確かに俺に話しかけている。

《お前は、望まずとも、この世界の理に選ばれた。》

選ばれた? 馬鹿馬鹿しい。俺はただ、暗殺されただけだ。

《お前には、この世界で生きていくための力を与えよう。お前の心臓に刻まれた、生まれ持った才能。それを、この世界の力として解き放つ。》

頭の中に、急に膨大な情報が流れ込んできた。それは、この世界の言語や、文化、そして「スキル」と呼ばれる、この世界特有の能力についての知識だった。

「スキル?」

《そうだ。お前のスキルは……『スキル作成』。》

『スキル作成』?

なんだそれは。剣の腕でも、知恵でもない。わけのわからん名だ。

《このスキルは、お前の想像力と知識を元に、新たなスキルを生み出すことができる。ただし、初期レベルは極めて低い。最初は、お前の思うような効果は発揮できないだろう。》

俺の思うような効果……?

「……ふざけるな」

俺は呟いた。

《だが、お前が成長すれば、その力は無限の可能性を秘めている。》

無限の可能性だと? 俺が欲しかったのは、そんな曖昧な力じゃない。近藤たちを切り捨てるための、確実な力だ。

俺は己の腰に下げられた剣を抜き放つ。

「この世界の奴らは、これを使うのか?」

刀とは違う、重く、扱いにくい剣。だが、俺は剣術の天才だ。北辰一刀流の免許皆伝。どんな武器だろうと、使いこなしてやる。

俺は剣を構え、素振りを始める。

その時、頭の中に再び声が響いた。

《ステータスを開示しますか?》

ステータス?

俺がそう呟くと、目の前に光の板が現れた。