芹沢鴨の異世界日記 第二話

2025年8月13日


宿の一室を出ると、俺の目に飛び込んできたのは、見たこともない光景だった。石畳の道がどこまでも続き、道の両側には木造ではない、頑丈そうな石造りの建物が立ち並んでいる。どの建物も背が高く、窓には透明な板が嵌め込まれている。空には、日本の青空とは少し違う、薄い紫色がかった空が広がっていた。

道行く人々も奇妙だった。皆、俺の着物とは違う、多種多様な布切れを身につけている。中には、尖った耳を持つ者や、背に翼が生えた者までいた。

「……まるで、化け物共の集まりか」

思わず、そう呟いた。

「おい、そこの東洋人!」

不意に、背後から声がかけられた。振り返ると、そこにはいかにも強そうな男が立っていた。分厚い革の鎧を身につけ、顔には無精髭が生えている。剣士だろうか。

「なんだ、俺になにか用か?」

俺は腰の剣に手をかけた。男は俺の仕草を見て、ニヤリと笑う。

「なんだ、その古めかしい格好は。そして、その腰の剣はなんだ? まるで、古のサムライのようだな」

サムライ……。そうか、俺の姿は、この世界では珍しいものらしい。

「サムライとは、俺たちのことか?」

「ああ、そうだ。昔、この国に来た東洋の商人たちが、そう呼んでいた。だが、今じゃ見かけない。お前、どこの国の者だ?」

男の問いに、俺は正直に答えるわけにはいかない。

「……通りすがりの旅の者だ」

「へえ、旅の者か。それにしても、お前、この街に来たばかりか? ここは『王都グランベル』。この国で一番大きな街だ」

男はそう言って、俺の肩をポンと叩いた。

「俺はアルベルト。冒険者だ。困ったことがあったら、俺に聞け。この街のことなら、何でも知ってるからな」

アルベルトと名乗る男は、悪人には見えなかった。いや、むしろ、人懐っこい、良い奴に見える。

新撰組局長としての俺なら、こういった馴れ馴れしい男は嫌いだ。だが、この世界にきて、何かが変わったのだろうか。警戒心はあるものの、不思議と不快感はなかった。

「……芹沢鴨だ」

俺は素直に、自分の名を明かした。

「セルザワカモ、か。変わった名前だな。だが、悪くない。さあ、とりあえず冒険者ギルドにでも行ってみないか? 腹も減ってるだろう」

アルベルトの誘いに、俺は乗ることにした。

この世界で生きていくためには、情報が必要だ。そして、食い物も。

アルベルトに連れられて歩く道中、俺は様々なことを尋ねた。この世界の仕組み、冒険者という存在、魔物と呼ばれる生き物について。

冒険者ギルドは、冒険者たちが依頼を受けたり、情報を交換したりする場所らしい。アルベルトは、冒険者として魔物と戦い、金を稼いでいると言った。

「お前も冒険者になって、一緒に仕事をしないか? 剣の腕はありそうだし、二人なら、もっと稼げる」

アルベルトの誘いに、俺は即答できなかった。

俺は剣の腕には自信がある。だが、この世界の剣術はまだ知らない。そして、何より、俺は「スキル作成」という、わけのわからんスキルしか持っていない。

「俺は、スキルが……」

俺が言葉を濁すと、アルベルトは俺の心を見透かしたように言った。

「スキルか。まあ、最初は誰もが弱いもんだ。俺だって最初は、剣のスキルなんてなかったしな。それに、お前の剣の腕は、かなりのもんだ。俺が見たところ、相当な使い手だ」

アルベルトの言葉は、俺の自尊心をくすぐった。

「……そうか。ならば、俺は冒険者になってやる」

俺はそう言って、アルベルトと共に冒険者ギルドの門をくぐった。

ギルドの中は、多くの冒険者で賑わっていた。酒を飲んでいる者、依頼の掲示板を眺めている者。皆、活気に満ち溢れていた。

俺はギルドの受付で、冒険者として登録を済ませた。受付の女性は、俺の身なりを見て少し驚いたようだが、すぐに笑顔で対応してくれた。

そして、俺は冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、アルベルトと合流した。

「さあ、芹沢。最初の仕事だ。どれにする?」

アルベルトが指差す掲示板には、様々な依頼が張り出されていた。

『ゴブリン討伐』、『薬草採取』、『行方不明者の捜索』。

その中から、俺は一つを選んだ。

『森の狼討伐』。