芹沢鴨の異世界日記 第三話


森の中は、日本のそれとは全く違っていた。生い茂る木々は、見たこともない奇妙な形をしており、地面には苔むした石や、不気味な色のキノコが生えている。そして、どこからともなく聞こえてくる、獣の鳴き声。

「ここが、討伐依頼の場所だ」

アルベルトは、慣れた様子で周囲を見渡した。

「森の狼は、この辺りに縄張りを持っている。ただの狼じゃない。魔物だ。身体が通常の倍はあり、牙も鋭い。油断するなよ」

アルベルトの言葉に、俺はただ頷いた。

魔物、か。

俺は、腰の剣に手をやった。この異世界で初めての戦いだ。相手がどんな化け物だろうと、俺の剣が通用しないわけがない。北辰一刀流の免許皆伝、その誇りにかけて。

「よし、行くぞ」

アルベルトは、そう言って森の奥へと進んでいく。俺もその後に続いた。

しばらく歩くと、茂みの中から、低い唸り声が聞こえてきた。

「来たぞ……!」

アルベルトが構える。俺も剣を抜き、構えを取った。

茂みの中から現れたのは、巨大な狼だった。体毛は黒く、まるで鋼鉄のような光沢を放っている。目は血のように赤く、牙は鋭い刃物のようだ。

「くそっ、二匹か!」

アルベルトが叫んだ。予想外の数に、一瞬、俺の動きが止まる。

だが、迷っている暇はなかった。狼たちは、一斉に俺たちに向かって飛びかかってきた。

「まずは一匹!」

俺は、飛びかかってきた狼の喉元に、剣を突きつけた。だが、狼は器用に首をひねり、俺の剣をかわした。そして、その鋭い爪を、俺の顔めがけて振り下ろしてきた。

「っ……!」

間一髪で、俺は体を捻り、攻撃を避ける。だが、頬に熱い痛みが走った。見ると、少しだけ血が滲んでいる。

「チッ、しぶとい野郎だ」

普通の狼なら、俺の一撃で仕留められるはず。だが、この魔物は違う。スピードも、力も、日本の狼とは桁違いだ。

もう一匹の狼が、アルベルトに襲いかかっている。アルベルトもまた、剣を振るい、なんとか攻撃をしのいでいる。

「おい、芹沢! このままじゃまずい!」

アルベルトが、悲鳴のような声で叫んだ。このままでは、ジリ貧だ。

俺は、どうすればいい?

その時、俺の頭の中に、声が響いた。

《スキルを使用しますか?》

スキル……『スキル作成』。

こんな時に、何の役にも立たないスキルが!

だが、他に手はない。俺は、藁にもすがる思いで、頭の中で念じた。

「スキル作成……『北辰一刀流』!」

俺は、自分自身の剣術の流派を、そのままスキルとして作り出そうとした。

だが、次の瞬間、頭の中に警告が響いた。

《エラー。スキルレベルが不足しています。》

やはり、ダメか……!

絶望的な気持ちになった、その時。

《代替案を提示します。》

代替案?

《スキル作成:『北辰一刀流』を簡易化したものとして、『居合』を作成します。》

居合……。

そうだ、居合なら、一瞬で敵を仕留めることができる。

《スキル作成:『居合』、完了。》

頭の中に、新たなスキルが刻み込まれる。