芹沢鴨の異世界日記 第四話


森の狼を討伐し終えると、アルベルトはまるで子供のように目を輝かせて俺を見つめていた。

「おい、芹沢! 今の、もう一度見せてくれよ! なんだ、あの抜刀術は! 俺は剣を十年近くやっているが、あんな凄まじい一撃は見たことがない!」

アルベルトは興奮気味にそう言った。その声には、驚きと尊敬の念が入り混じっていた。

「見せるも何も、ただ抜いて斬っただけだ」

俺は、素っ気なく答えた。

「抜いて斬っただけ、だと? 馬鹿を言うな! あんな一瞬で、二匹の狼を仕留めるなんて、並大抵の剣士にできることじゃない! お前、相当な手練れだな!」

アルベルトの言葉は、俺の自尊心をくすぐった。

この剣は、日本の刀とは違う。重く、バランスも悪い。だが、俺の剣術は、どんな武器だろうと、その力を引き出すことができる。

俺は、狼の魔石を回収し、アルベルトに差し出した。

「ほら、さっさと帰って、これを換金しようぜ」

「おう! そうだな!」

アルベルトは、満面の笑みで魔石を受け取った。

王都グランベルに戻ると、俺たちは冒険者ギルドに直行した。依頼の完了を報告すると、受付の女性は驚いた表情で俺たちを見つめた。

「え、もう? 森の狼討伐は、ベテランの冒険者でも苦戦する、難しい依頼なんですが……」

俺は、その言葉を無視し、狼の魔石をカウンターに置いた。

女性は、魔石を見て、さらに目を丸くした。

「二匹とも、一撃で……? 信じられないわ……。これなら、依頼報酬に加えて、特別ボーナスも出ますね!」

俺は、この世界の魔物の強さも、俺の剣の腕も、この依頼で初めて知った。

報酬として受け取った金は、日本の小判とは違う、奇妙な形の硬貨だった。だが、その硬貨の重みは、俺に確かな現実感を与えてくれた。

「すごいな、芹沢! これで、当分は食いっぱぐれないぞ!」

アルベルトは、嬉しそうに硬貨をジャラジャラと鳴らした。

俺たちは、ギルドを出ると、アルベルトの行きつけだという酒場に入った。

酒場の中は、様々な種族の冒険者たちで賑わっていた。酒の匂い、飯の匂い、そして、男たちの熱気が充満している。

俺は、カウンターに座り、店主に酒を頼んだ。出てきたのは、日本の酒とは違う、琥珀色の液体だった。

一口飲んでみると、甘く、まろやかな味がした。

「うまい……」

俺は、思わずそう呟いた。日本の、あの酒とは違う。だが、これはこれで、悪くない。

「だろ? ここのエールは、最高なんだ!」

アルベルトは、俺の隣で、ご機嫌な様子でエールを飲んでいた。

「なぁ、芹沢。お前は、この世界に来る前は、何をしていたんだ?」

アルベルトが、真剣な眼差しで俺に尋ねてきた。

俺は、一瞬、言葉に詰まった。

「……俺は、新撰組の局長をしていた」

「新撰組? なんだそれは?」

「……京の治安を守る、武士の集団だ。だが、俺は、その中で、裏切りに遭ってな……」

俺は、そこまで話すと、口を閉ざした。これ以上は、話せない。

「そうか……。まあ、辛いことは、無理に話さなくていい。だが、この世界では、お前はもう一人じゃない。俺がいる」

アルベルトは、そう言って、俺の肩を力強く叩いた。

その言葉に、俺は少しだけ、胸が温かくなるのを感じた。

新撰組の局長だった頃、俺はいつも孤独だった。周りは、俺の力を恐れ、俺を遠ざけた。

だが、この世界に来て、俺の剣を、ただ純粋に凄いと言ってくれる男がいる。

それは、俺の人生にはなかった感情だった。

俺は、酒を一口飲み、空になったグラスをカウンターに置いた。

「なあ、アルベルト」

「なんだ?」

「次の依頼は、なんだ?」

俺は、次の戦いを、心から楽しみにしていた。