芹沢鴨の異世界日記 第六話
霧の森に響く、コボルトたちの威嚇の唸り声。俺たちは、その群れに完全に囲まれてしまった。
「くそっ、これじゃあ、動きが取れない!」
アルベルトが、焦りの声を上げる。コボルトは、身体は小さいが、俊敏な動きで俺たちの間合いに入り込もうとしてくる。そして、その手に持った原始的な槍を、狙い定めて突き出してくる。
「落ち着け、アルベルト。数は多いが、一体一体は弱い」
俺は、そう言いながら、迫りくるコボルトの槍を剣で払い、間髪入れずに突きを繰り出した。
だが、コボルトは器用にその突きを避け、さらに別のコボルトが、俺の死角から飛びかかってくる。
「っ……!」
俺は、そのコボルトを剣の腹で叩きつけ、遠ざける。
「芹沢、無理をするな! 一旦引くぞ!」
アルベルトが叫んだ。だが、引くことは不可能だった。コボルトの群れは、俺たちの退路を完全に塞いでいる。
このままでは、ジリ貧だ。いつか、どこかで、致命的な一撃を受けてしまう。
その時、俺の頭の中に、新たなスキルのことが思い浮かんだ。
『剣気』。
精神を集中させることで、一時的に攻撃力と速度を上昇させるスキル。
「……試してみるか」
俺は、そう呟いた。
「芹沢、何をする気だ?」
アルベルトが、不思議そうな顔で俺を見た。
俺は、アルベルトの問いには答えず、目を閉じた。
(集中……集中だ……)
俺は、自身の心臓に刻まれた『剣気』というスキルに、意識を集中させた。
新撰組局長として生きてきた、俺の闘争本能。刀一本で、多くの修羅場を潜り抜けてきた、俺の魂。
その全てを、この剣に込める。
俺の身体から、熱い何かが湧き上がってくる。それは、まるで、身体の奥底からマグマが噴き出すような、強烈な感覚だった。
そして、俺の剣が、まるで光を帯びたかのように、薄い光を放ち始めた。
「な、なんだ、その光は……?」
アルベルトが、驚きの声を上げた。
「これが……俺の剣気だ」
俺は、目を開き、目の前のコボルトの群れを睨みつけた。
『剣気』を発動させた俺の動きは、先ほどとは比べ物にならないほど速くなっていた。
「……遅い」
俺は、そう呟き、剣を振るった。
一閃。
それは、ただの斬撃ではなかった。俺の剣が通った軌跡に、光の残像が残る。
その一撃で、目の前にいたコボルトが、三匹、同時に斬り裂かれた。
「嘘だろ……!」
アルベルトが、絶句する。
俺は、止まらない。
『居合』と『剣気』。この二つのスキルを組み合わせれば、俺は無敵だ。
「居合……抜刀斬り!」
俺は、迫りくるコボルトの群れに向かって、剣を鞘に納め、そして、一瞬で抜き放った。
光の斬撃が、霧の森を切り裂く。
コボルトたちは、悲鳴を上げる間もなく、次々と斬り伏せられていった。
やがて、森の中には、俺たちの呼吸音と、コボルトたちの絶命した音だけが残った。
「……はぁ、はぁ」
俺は、荒い息を吐きながら、剣に付いた血を払った。
「すげえ……お前、本当に人間か……?」
アルベルトが、震える声で俺に尋ねてきた。
俺は、何も答えなかった。
ただ、この剣の重みを、この手に感じていた。
この世界では、俺の剣は、ただの刃ではない。
それは、俺の魂そのものだ。
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