芹沢鴨の異世界日記 第七話


コボルトの群れを一掃した後、霧の森は静寂に包まれた。俺は、剣を鞘に納め、荒い息を整える。アルベルトは、まだ呆然とした様子で、俺を見つめていた。

「おい、いつまで突っ立ってるつもりだ。さっさと魔石を回収するぞ」

俺がそう声をかけると、アルベルトはハッとしたように我に返った。

「お、おう……そうだな。わかった」

アルベルトは、震える手でコボルトたちの魔石を回収し始めた。その姿は、俺の剣に心底震え上がっているようだった。

「……芹沢、お前、本当に何者なんだ?」

魔石を回収しながら、アルベルトが呟いた。その声は、もはや好奇心ではなく、恐怖に似た感情を含んでいた。

「言っただろう。俺は新撰組の局長だ」

「新撰組……それが、お前の剣術の名前か?」

「いや、違う。俺の剣術は『北辰一刀流』。新撰組は、俺が率いていた集団の名前だ」

アルベルトは、俺の言葉を理解できないようだった。無理もない。この世界に、日本の武士の文化など、あるはずがないのだから。

俺は、それ以上は何も言わず、ただ魔石の回収を手伝った。コボルトの魔石は、日本の小判よりもはるかに価値があるらしい。コボルトの群れを倒したことで、俺たちはかなりの大金を手に入れたことになる。

「まさか、こんなに簡単に依頼が終わるなんてな……。普通のパーティーなら、半日以上かかる依頼だぜ」

アルベルトは、魔石の入った袋を抱えながら、興奮したように言った。

「そうか。ならば、俺とお前のパーティーは、普通のパーティーじゃないってことだ」

俺の言葉に、アルベルトは何も言わなかった。ただ、俺の背中を、まっすぐに見つめていた。

王都に戻り、ギルドで報酬を受け取った後、俺たちは再び酒場へと向かった。

だが、酒場での雰囲気は、前回とは少し違っていた。

「おい、見ろよ。あの二人だぜ」

「ああ、コボルト討伐の依頼を、一日で終わらせたっていう……」

「すげえな。何でも、一人で群れを全滅させたらしいぜ」

酒場の客たちは、俺たちに熱い視線を送っていた。

俺は、その視線に、少しだけ懐かしさを感じた。

新撰組局長だった頃も、俺は、常に周りの視線を集めていた。それは、畏怖や、嫉妬、そして、尊敬の念が入り混じった、複雑な視線だった。

だが、この世界の視線は、それとは少し違う。それは、ただ純粋に、俺の力を認め、称賛する視線だった。

「どうした、芹沢。今日は、いつにも増して、機嫌が良さそうじゃないか」

アルベルトが、俺に声をかけた。

「……別に。ただ、酒が美味いだけだ」

俺は、そう言って、エールを一口飲んだ。

その夜、俺は、アルベルトと色々な話をした。この世界の歴史、文化、そして、冒険者たちの生き様。

アルベルトは、昔、魔物に村を襲われ、家族を失ったという。だから、彼は冒険者になり、魔物を倒すことで、同じような悲劇を繰り返さないようにしているのだと。

「……そうか」

俺は、アルベルトの話を聞きながら、一つのことを考えていた。

この世界で、俺は、何をなすべきなのか。

新撰組局長として、俺は京の街の治安を守るために剣を振るった。

だが、この世界に、新撰組はない。

俺は、何のために、剣を振るう?

その答えは、まだ見つからない。

だが、一つだけ、確かなことがある。

この世界で、俺は、俺の剣を、再び振るう。そして、その剣で、俺の生きる意味を、見つけ出してやる。