芹沢鴨の異世界日記 第十六話


王都グランベルへの帰り道、俺はアルベルトの隣を歩きながら、先ほどの戦いを反芻していた。嘆きの騎士を倒した高揚感は既に薄れ、俺の頭の中は、一つの疑問で一杯だった。

「……なぁ、アルベルト」

俺は、意を決してアルベルトに尋ねた。

「なんだ、芹沢。まだ体の調子が悪いのか?」

アルベルトは、心配そうな顔で俺を見た。

「いや、違う。……嘆きの騎士との戦いだ」

俺は、そう言って、一度言葉を切った。

「俺は、スキルが使えなくなったはずだ。MPが底をついていた。だが……なぜ、あの時だけ『怒り』が使えた?」

俺の問いに、アルベルトは少し考えてから答えた。

「ああ、それか。俺も不思議に思っていたんだ。だが、一つだけ、可能性のあることを知っている」

「……話せ」

アルベルトは、ゆっくりと話し始めた。

「この世界には、ごく稀に、常識を覆すスキルが生まれることがある。お前の『スキル作成』が、まさにそうだ。そして、お前の『怒り』というスキルも、それに近いのかもしれない」

「どういうことだ?」

「俺の知る限り、スキルには大きく分けて二つの種類がある。一つは、魔力を消費して発動する『魔力系スキル』。そしてもう一つは、生命力を消費して発動する『生命系スキル』だ」

「生命力……?」

俺は、アルベルトの言葉に、胸の奥がざわめくのを感じた。

「ああ。生命系スキルは、魔力を持たない者でも使うことができる。だが、その代償は大きい。身体に激しい負荷がかかり、最悪の場合、命を落とすこともある。だから、通常はほとんど使われることはない」

俺の身体に激しい痛みが走ったことを、思い出した。

あれは、魔力の消費によるものではなかった。あれは、俺の命を削って、力を引き出した代償だったのだ。

「……つまり、俺の『怒り』は、生命系スキルだと?」

俺がそう言うと、アルベルトは頷いた。

「おそらく、そうだ。お前の身体から黒いオーラが出ていたと聞いたが、それは魔力とは違う、生命力が具現化したものだ。お前は、俺を助けたいという強い思い、それが怒りとなって、無意識のうちに生命力を消費してスキルを発動させたんだ」

アルベルトの言葉に、俺は納得した。

あの時、俺の頭の中に響いた『生命の危機』という警告。あれは、単なる警告ではなかった。あれは、俺が、自分の命を賭けて、アルベルトを救うための、最後の手段だったのだ。

「……ふん。なるほどな」

俺は、そう言って、空を見上げた。

俺の身体には、まだ、激しい疲労感が残っている。だが、その疲労感は、決して嫌なものではなかった。

それは、俺が、自分の命を賭けて、仲間を守ることができた、確かな証拠だった。

「なあ、芹沢。もう、そんな危険なことはするなよ。お前が死んだら、俺はどうなるんだ」

アルベルトは、少し寂しそうな顔で言った。

「馬鹿を言うな、アルベルト。俺は、死なん。俺は、お前と一緒に、この世界で、生きていく」

俺は、そう言って、アルベルトの肩を叩いた。

アルベルトは、その言葉に、嬉しそうな笑顔を見せた。

俺たちは、夕焼けに染まる道を、二人で歩いていった。

俺の剣は、もう、俺一人のための剣ではない。

それは、俺と、そして、俺の仲間を守るための剣だ。