エメリアが九歳になった。時間はあっという間に過ぎ去り、兄のロランが城へ旅立ってからすでに四年が経っている。食堂は、父と母、そして成長したエメリアとルークで力を合わせ、以前と変わらぬ賑わいを保っていた。
九歳になったエメリアは、もはやお飾りの手伝いではない。小さな体で精一杯、だが確実に食堂の仕事をこなす、立派な働き手となっていた。
「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ!」
入り口に立つエメリアは、客が来ると大きな声で迎え、空いている席へと案内する。彼女の張りのある声と、にこやかな笑顔は、食堂を訪れる人々にとって、もはや店の名物となっていた。
「エメリアちゃん、いつものやつをお願いね!」
常連客の老人が声をかけると、エメリアは心得たように頷く。
「はい、おじいちゃん! いつもの温かいスープと、焼きたてパンですね!」
彼女は客の顔と好みを覚えるのが得意だった。注文を聞き、厨房へ声をかけ、時には運ばれてきた料理をテーブルへ運ぶ。重い皿はまだ難しいが、軽い飲み物やパンならば問題なくこなせる。
「母さん、このテーブルの空いた皿、下げていい?」
「ええ、助かるわ、エメリア。ありがとう」
母親は忙しそうにしながらも、エメリアの成長を頼もしげに見つめていた。
ルークも六歳になり、エメリアの足元をちょろちょろと動き回っていた幼い頃とは違い、今では兄姉の背中を追って、できることを手伝っている。
「これ、拭くー!」
ルークは濡らした布巾をぎゅっと握り、カウンターを一生懸命拭いている。時々、拭いた跡に水滴が残ることもあるが、それでも家族は彼の努力を褒め、温かい視線を送っていた。
食堂の料理は、ロランが送ってくれるレシピのおかげで、さらに多様になっていた。彼は領主さまの許可を得て、半年に一度ほどの頻度で、新しい料理のレシピや、既存の料理をより美味しくする工夫を記した手紙を送ってくれていたのだ。
「父さん、これ、ロラン兄ちゃんが新しく教えてくれた『太陽のトマト煮込み』だよ! 今日からメニューに加えるんだよね?」
エメリアは、送られてきたレシピの紙を父親に見せた。そこには、ロランが几帳面な字で書いた、見たこともない材料や調理法が記されている。
「ああ、そうだ。この前の試食会でも、村の皆に大好評だったからな。ロランの料理は、本当に人の心を掴む」
父親は、送られてきたレシピを読みながら、目を細めた。ロランの料理は、食堂の評判をさらに高め、以前にも増して多くの客が訪れるようになっていた。彼が城でどれほど努力を重ねているのか、そのレシピの端々から伝わってくるようだった。
ロランは時折、短期間だけ里帰りすることもあった。その度に、城での生活や、料理の修行について、家族に楽しそうに語って聞かせた。彼の話を聞くたびに、エメリアの胸には、ある思いが募っていった。
(私も、もうすぐ十歳になるんだ…)
天啓の儀まで、あと一年。
ロランが「至高の調理」のスキルを得て、大きく成長したように、自分も何か特別なスキルを授かるのだろうか。どんなスキルが得られるのだろう。母の「豊穣の恵み」のように、食べ物を豊かにする力だろうか。それとも、父の「鋼の匠」のように、何かを作り出す力だろうか。
「エメリア、何考えてるの? お客さんが呼んでるわよ」
母親の声に、エメリアはハッと我に返った。
「はーい!」
エメリアは元気よく返事をすると、客の元へと駆け寄った。彼女の心の中には、来年訪れるであろう「天啓の儀」への期待と、その先に広がるであろう未知の可能性への胸の高鳴りが、静かに、だが確かに満ちていた。自分は、この家族の一員として、この食堂を支えるために、どんなスキルを得て、どう生きていくのだろうか。エメリアは、来るべき未来に思いを馳せながら、今日も笑顔で客を迎えるのだった。