【小説】魔法の鍋

小説

魔法の鍋

ある男が、一人のセールスマンから奇妙な調理器具を購入しました。
それは、黒塗りの重厚な鉄鍋のような形をしていましたが、
側面には複雑な回路と小さな操作パネルがついていました。
「これは、あらゆる有機物を最高級のすき焼きに変える装置です」
セールスマンは無表情にそう説明しました。
男は半信半疑でしたが、試供品として古新聞を鍋に入れ、スイッチを押したところ、驚くべきことが起こりました。
蓋を開けた瞬間、部屋中に芳醇な醤油と砂糖の焦げる香り、そして上質な脂の甘い匂いが充満したのです。
口に運ぶと、それは紛れもなく、とろけるような最高級の牛肉の味でした。
「素晴らしい」
男は震える手でその装置を購入しました。
それからの生活は夢のようでした。
男はもう、高価な肉や野菜を買う必要がなくなりました。
庭の雑草、読み終わった雑誌、着古した衣類。
それらを鍋に放り込み、スイッチを入れるだけです。
数分後には、湯気の立つ完璧なすき焼きが出来上がります。
「他のみんなは、あくせく働いて食料を買っている。
なんと愚かなことだ」
男は独りごちて、優越感に浸りました。
食費はゼロになり、貯金は増え続けました。
彼は毎晩、満腹になるまでご馳走を平らげました。
ある日、男は鏡を見て首をかしげました。
頬がこけ、肋骨が浮き出ていたからです。
「おかしいな。毎日あんなに栄養満点の肉を食べているのに」
しかし、鍋から漂う抗いがたい香りが、彼の思考を中断させました。
空腹感だけは満たされているのです。
彼は体調の悪さを無視し、再び鍋に向かいました。
数日後、男の部屋を訪ねてきた友人が、変わり果てた姿の彼を発見しました。
男は床に倒れ、息絶えていました。
その顔には、至福の笑みが浮かんでいました。
友人は、部屋の中に散乱する異様な光景に眉をひそめました。
男のそばにはあの鍋があり、中にはふやけた古新聞とボロボロの布切れが、ただのお湯に浸かっていました。
この装置の機能は、物質を変化させることではありませんでした。
調理中、特殊な電磁波を放射し、使用者の脳の味覚中枢と嗅覚中枢を直接刺激して、
「最高級のすき焼きを食べている」という強力な幻覚を見せるだけの機械だったのです。
友人は鼻をつまみながら、男の痩せ細った死体を見下ろしました。
餓死した男の胃袋には、消化できないゴミだけが詰まっていました。

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