幸福な鏡
加藤は、あるセールスマンから不思議な鏡を購入しました。
それは「補正鏡」と呼ばれる新製品でした。
現代の光学技術と心理計算プログラムを応用したその鏡は、のぞき込んだ人物の姿を、
の当人が「こうありたい」と願う理想の状態に修正して映し出す機能を持っていました。
「素晴らしい」
加藤は鏡に映る自分を見て溜息をつきました。
そこには、実際の年齢よりも一回りは若く、知性に溢れ、肌艶の良い男が立っていました。
日頃の暴飲暴食による肌荒れも、不摂生による腹の出っ張りも、そこには微塵もありません。
この鏡は決して嘘をついているわけではありません。
加藤の中に眠る「可能性」を最大限に可視化しているだけだ、と説明書には書いてありました。
自信を持った加藤は、仕事でも成功を収めました。
鏡の中の堂々とした自分を毎日見ることで、振る舞いまでが洗練されていったのです。
やがて加藤は、同じ種類の鏡を愛用している亜矢子という女性と出会い、結婚しました。
二人の新居からは、旧来の「ただ光を反射するだけの野蛮な鏡」はすべて排除され、あらゆる壁面にこの「補正鏡」が設置されました。
二人は互いの美しさを称え合い、幸福な生活を送りました。
鏡の中の二人はいつまでも若々しく、完璧なスタイルを維持していましたから、ダイエットや運動といった苦しい努力をする必要もありませんでした。
やがて、二人の間に玉のような男の子が生まれました。
鏡越しに見るその赤ん坊は、まるで天使のように透き通る肌と、愛らしい瞳を持っていました。
ある嵐の夜のことです。
落雷により、この地域の電力供給が完全に遮断されました。
家中の明かりが消え、加藤は手探りで照明装置の代わりとなる蝋燭に火を灯しました。
薄暗い部屋の中に、ぼんやりと家族の姿が浮かび上がりました。
その時、加藤は喉が引きつるほどの悲鳴を上げました。
目の前の鏡――電力が断たれ、ただのガラス板と化したもの――の中に、
見たこともない恐ろしい怪物たちが映っていたのです。
そこには、ブクブクと脂ぎった肉の塊のような老人が、
髪の抜け落ちた老婆と、猿のように毛深い奇妙な獣を抱いて震えている姿がありました。
「なんてことだ!家の中に化け物が入り込んでいるぞ!」
加藤が叫び、亜矢子が金切り声を上げました。
幸いなことに、すぐに予備電源が作動しました。
照明が戻り、鏡の機能が回復しました。
すると、先ほどの醜悪な怪物たちは瞬時に消え去り、
そこには再び、知的でハンサムな紳士と、美しい淑女、そして天使のような赤ん坊の姿が現れました。
加藤は額の脂汗を拭いながら、愛しい妻と子を見て安堵の息を漏らしました。
「ああ、よかった。悪夢を見ていたようだ。やはりこの鏡だけが、世界の真実を映してくれるのだな」
彼はすぐに業者へ連絡し、二度とあのような恐ろしい幻覚を見なくて済むよう、より大容量の非常用電源を発注しました。

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