省力化
その男は、人生の無駄を極端に嫌っていた。
特に、生活の大半を占める「労働」という時間が我慢ならなかった。
退屈な会議、単純作業、愛想笑い。
これらに費やす時間を、なぜ自分の貴重な意識を使って過ごさねばならないのか。
ある日、男は裏ルートで手に入れた「自動化薬」という錠剤を試した。
これを飲むと、意識は深い睡眠状態に落ちるが、
肉体は脳の奥にある「労働中枢」の指令に従い、完璧に仕事をこなすという代物だ。
効果が切れれば、男は一瞬にして退社時間へワープしたような感覚を得られる。
効果は絶大だった。
男が朝に薬を飲み、次の瞬間にまばたきをすると、窓の外は夕焼けになっていた。
机の上には完璧に整理された書類の山。
「素晴らしい。嫌なことはすべて薬がやってくれる」
味を占めた男は、使用頻度を増やした。
仕事だけでなく、退屈な親戚の集まり、面倒な役所の手続き、妻との不毛な喧嘩。
不快な時間はすべて薬に任せ、自分は楽しい娯楽の時間だけを享受する。
これぞ、人類が求めた理想的な人生の効率化だと男は確信した。
それから数年が経ったある日。
男がふと「目覚める」と、自分が豪奢な執務室の革張り椅子に座っていることに気づいた。
身なりは最高級の布地に変わり、部屋の壁には数々の表彰状が飾られている。
「まさか、私が組織のトップに?」
どうやら、薬で呼び出された「自動化された人格」は、
感情に流される本来の男よりも遥かに優秀で、冷徹かつ完璧な仕事ぶりで異例の出世を成し遂げたらしい。
「最高だ!面倒な出世競争はあいつがやってくれた。
あとは私がこの地位と富を遊んで使い潰すだけだ!」
男は歓喜し、祝杯を上げようとワイングラスに手を伸ばそうとした。
だが、腕が動かなかった。
金縛りにあったように、指一本動かせない。
恐怖する男の意思とは裏腹に、男の右手は勝手に動き出し、
引き出しからあの「自動化薬」の瓶を取り出した。
「おい、何をする!今は遊ぶ時間だぞ!」
男が心の中で叫ぶと、男の口が勝手に開き、低く冷静な声が漏れた。
「黙りたまえ。この地位を築き上げるために長年苦労したのは『私』だ。
苦痛だけを私に押し付け、果実だけを盗もうとする寄生虫に、これ以上身体を貸すわけにはいかない」
右手は躊躇なく、致死量に近い大量の錠剤を口へと放り込んだ。
男の意識が永遠の闇へと沈んでいく直前、男は自分の顔が鏡の中で、
今まで見たこともないほど有能そうな笑みを浮かべるのを見た。


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