天啓の儀は、貴族の子どもが十歳になった年に受ける一大行事だ。その子が持つスキルや属性を、神殿により神託として明かされる。
私はこの日を、ずっと恐れていた。
「リリア様。準備がお済みでございます」
侍女のエマが声をかけてくる。緊張を悟られぬよう、私は小さくうなずいた。
鏡に映る自分の姿は、見慣れた栗色の髪に淡い青の儀式衣。けれど今日ばかりは、少しだけ大人びて見えた。
(いよいよ……この日が来た)
今日は儀式の日。男爵家の末娘である私は、家族や領民たちの前で、神殿に立つ。そして、誰にも知られてはならないスキルが、神託として現れてしまうかもしれない。
この十年、私はずっと、自分の中にある異質な何かを感じながら生きてきた。物の仕組みを理解しすぎる直感。言葉にできない構造への理解。誰にも言えない感覚。
それが、スキルだったと確信したのは、ごく最近——図書室で古代魔導理論の本を読んだときだった。
「構造解析と意志干渉による魔法律の再定義……これ、私が時々“感じる”あれと……同じ?」
私の中にあるものは、普通じゃない。でも、それを知られたくない。いや、知られてはいけない。
父は領地の政治を担い、母は温かくも厳しく私たちを育ててくれた。姉は私の憧れ、兄は優しく、弟と妹は私を慕ってくれる。そんな家族を、私は裏切りたくなかった。
「リリア様、馬車のご用意ができております」
私は頷き、そっと立ち上がった。胸の奥で、心臓が早鐘を打っている。
神殿の前には、多くの人々が集まっていた。男爵家の関係者、領民、使用人、そして兄や姉、父母が最前列に並んでいる。
(……みんな、私を見てる)
神殿の奥、祈祷台の上に立ち、私は両手を胸の前で組む。
「汝、神の前に真実を示せ」
巫女が厳かに告げると、淡い金の光が天井から降り注ぎ、私の体を包んだ。
光の中で、私の意識は深く内面へと沈んでいく。周囲の音が遠ざかり、ただ、自分だけの世界が広がる。
(これは……意識の底?)
そのときだった。
《スキル:《改造(Reform)》──ランク:固有スキル──対象:物質・構造・概念・記憶・魔力法則──選択:秘匿》
(……えっ?)
声が、聞こえた。
それは神の声とも、記憶の響きとも違う、もっと静かで、澄んだものだった。
《このスキルは、選ばれし者のもの。開示は義務ではない》
「……開示しなくても、いいの?」
《選べ》
私の意志が問われていた。誰かに命じられるのではなく、自分で、自分の道を選ぶ。
「無属性」
私は、迷わず答えた。そうするしかないと、本能が叫んでいた。
その瞬間、金の光は柔らかく収束し、空気が一変する。
巫女が宣言する。
「神託によれば、リリア=エステール様は——『無属性』にございます」
沈黙。
そして、ざわめき。
「まさか……無属性?」
「でも、ありえなくはない。神意は絶対だ」
父はわずかに眉を寄せたが、それ以上の言葉はなかった。兄ライルが隣からそっと手を握ってくれる。
「大丈夫。属性なんかなくても、リリアはリリアだよ」
私は、ただ、うなずいた。
(これでいい。これで……)
その夜。
寝台に横たわりながら、私は天井を見上げていた。
「……わたし、スキルを知った」
あの声、あの選択。儀式の光の中で、私は確かに、自分の力の名前を知った。
【改造(Reform)】。
それは、ただ物を変える力ではない。意味を変え、形を変え、存在の理そのものを編みなおす力。
(使いこなせるのかな……私に)
でも、もう恐れるだけではいけない。私は、自分の力を知った。だからこそ、向き合わなければ。
父や母に言うことはできない。兄にも。誰にも。
でも——
(わたしは、ひとりじゃない。前世で学んだ知識もある。これまで積み重ねた観察もある)
私は、この力を誤らずに使いたい。そのために、もっと知識を集めて、もっと正しく見て、判断できる人間になる。
そう、誓った。
(これから、少しずつ……)
私は枕に顔を埋め、小さく息を吐いた。
「がんばろう……」
新しい自分の始まりに、ほんの少し、胸が高鳴った。