第12話「天啓の儀」

天啓の儀は、貴族の子どもが十歳になった年に受ける一大行事だ。その子が持つスキルや属性を、神殿により神託として明かされる。

私はこの日を、ずっと恐れていた。

「リリア様。準備がお済みでございます」

侍女のエマが声をかけてくる。緊張を悟られぬよう、私は小さくうなずいた。

鏡に映る自分の姿は、見慣れた栗色の髪に淡い青の儀式衣。けれど今日ばかりは、少しだけ大人びて見えた。

(いよいよ……この日が来た)

今日は儀式の日。男爵家の末娘である私は、家族や領民たちの前で、神殿に立つ。そして、誰にも知られてはならないスキルが、神託として現れてしまうかもしれない。

この十年、私はずっと、自分の中にある異質な何かを感じながら生きてきた。物の仕組みを理解しすぎる直感。言葉にできない構造への理解。誰にも言えない感覚。

それが、スキルだったと確信したのは、ごく最近——図書室で古代魔導理論の本を読んだときだった。

「構造解析と意志干渉による魔法律の再定義……これ、私が時々“感じる”あれと……同じ?」

私の中にあるものは、普通じゃない。でも、それを知られたくない。いや、知られてはいけない。

父は領地の政治を担い、母は温かくも厳しく私たちを育ててくれた。姉は私の憧れ、兄は優しく、弟と妹は私を慕ってくれる。そんな家族を、私は裏切りたくなかった。

「リリア様、馬車のご用意ができております」

私は頷き、そっと立ち上がった。胸の奥で、心臓が早鐘を打っている。


神殿の前には、多くの人々が集まっていた。男爵家の関係者、領民、使用人、そして兄や姉、父母が最前列に並んでいる。

(……みんな、私を見てる)

神殿の奥、祈祷台の上に立ち、私は両手を胸の前で組む。

「汝、神の前に真実を示せ」

巫女が厳かに告げると、淡い金の光が天井から降り注ぎ、私の体を包んだ。

光の中で、私の意識は深く内面へと沈んでいく。周囲の音が遠ざかり、ただ、自分だけの世界が広がる。

(これは……意識の底?)

そのときだった。

《スキル:《改造(Reform)》──ランク:固有スキル──対象:物質・構造・概念・記憶・魔力法則──選択:秘匿》

(……えっ?)

声が、聞こえた。

それは神の声とも、記憶の響きとも違う、もっと静かで、澄んだものだった。

《このスキルは、選ばれし者のもの。開示は義務ではない》

「……開示しなくても、いいの?」

《選べ》

私の意志が問われていた。誰かに命じられるのではなく、自分で、自分の道を選ぶ。

「無属性」

私は、迷わず答えた。そうするしかないと、本能が叫んでいた。

その瞬間、金の光は柔らかく収束し、空気が一変する。

巫女が宣言する。

「神託によれば、リリア=エステール様は——『無属性』にございます」

沈黙。

そして、ざわめき。

「まさか……無属性?」

「でも、ありえなくはない。神意は絶対だ」

父はわずかに眉を寄せたが、それ以上の言葉はなかった。兄ライルが隣からそっと手を握ってくれる。

「大丈夫。属性なんかなくても、リリアはリリアだよ」

私は、ただ、うなずいた。

(これでいい。これで……)


その夜。

寝台に横たわりながら、私は天井を見上げていた。

「……わたし、スキルを知った」

あの声、あの選択。儀式の光の中で、私は確かに、自分の力の名前を知った。

【改造(Reform)】。

それは、ただ物を変える力ではない。意味を変え、形を変え、存在の理そのものを編みなおす力。

(使いこなせるのかな……私に)

でも、もう恐れるだけではいけない。私は、自分の力を知った。だからこそ、向き合わなければ。

父や母に言うことはできない。兄にも。誰にも。

でも——

(わたしは、ひとりじゃない。前世で学んだ知識もある。これまで積み重ねた観察もある)

私は、この力を誤らずに使いたい。そのために、もっと知識を集めて、もっと正しく見て、判断できる人間になる。

そう、誓った。

(これから、少しずつ……)

私は枕に顔を埋め、小さく息を吐いた。

「がんばろう……」

新しい自分の始まりに、ほんの少し、胸が高鳴った。

第12話 完

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