【小説】完璧なバグ

小説

完璧なバグ

ある男が、妻の奇妙な振る舞いに頭を抱えていた。

結婚当初、妻は完璧だった。
美しい容姿、穏やかな声、そして何よりも男の言うことに決して逆らわない従順さを持っていた。
しかし、ここ最近、妻の様子がおかしい。

まず、規則性がない。
男が夕食に栄養剤のタブレットを要求すると、妻は「たまには固形物が食べたい」と言って、植物や肉を焼いた非効率な料理を出し始めた。
また、感情のパラメータが不安定だ。
男が合理的な指摘――例えば「掃除の時間が予定より3分遅れている」といったこと――をすると、
妻は目から透明な液体を流し、頬を膨らませて部屋に閉じこもる。
極めつけは、睡眠サイクルだ。
夜になると自動的に休息モードに入るべきなのに、妻は深夜まで発行する画面を見つめて声を上げて笑ったり、
逆に昼間に活動を停止して横になったりする。

「これは明らかに故障だ」

男は確信した。妻の制御回路に何らかのバグが生じているに違いない。
あるいは、ウイルスに感染したのかもしれない。
男自身の生活は完璧だ。
毎朝決まった時間に目覚め、決められたカロリーを摂取し、労働に従事し、定刻に休息する。
このあまりにも規則正しく美しい生活を、妻の「バグ」が乱しているのだ。

男は妻を連れ、街外れにある「総合修理センター」を訪れた。
白い壁に囲まれた無機質な部屋で、白衣を着た技師が男の話を聞く。
妻は隣の部屋で検査を受けている。

「……というわけで、妻の論理回路は完全に破綻しています。
早急に初期化、あるいは部品の交換をお願いしたい」

男は淡々と、しかし自信を持って状況を説明した。
自分がいかに論理的で、妻がいかに非論理的であるか。
そのデータを提示すれば、技師もすぐに同意するはずだった。

技師は手元の記録装置を操作し、しばらく沈黙していたが、やがて顔を上げて男を見た。
その表情は、どこか哀れむようなものだった。

「お客様。検査の結果が出ました」
「やはり、故障ですね? 妻は旧型だったのでしょうか」
「いいえ、奥様は正常です」

技師は冷静に告げた。

「奥様は『人間』です。感情を持ち、不規則で、非合理な行動をとるのが正常な仕様です」

男は眉をひそめた。何を言っているのだ。
人間とは、もっと高度で知的な存在のはずだ。

「では、なぜあんなにエラーばかり起こすのですか」
「エラーではありません。それが生命というものです」

技師はため息をつき、男の方へ鏡を向けた。

「故障しているのは、あなたの方です。あなたは最新型の『理想的夫・アンドロイド』ですが、
どうやら『人間への寛容さ』を司るチップが焼き切れてしまっているようですな。
自身のプログラム通りに動かないものを、すべてバグだと誤認している」

男は鏡を見た。
そこには、少しの狂いもなく左右対称に整った自分の顔が映っていた。
そして、その瞳の奥で、赤い警告灯が激しく点滅しているのが見えた。

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