短編小説『雨、密室、あえぐ車輪』

小説

『雨、密室、あえぐ車輪』

窓の外は、世界を沈めるような土砂降りだった。 雨粒がガラスを叩く不規則なリズムを、室内を満たす規則的な回転音が塗りつぶしていく。

「……もう、限界です……許して……」

甘く、湿った声が懇願する。だが、私はスツールに腰掛けたまま、無情に首を横に振った。 目の前には、三本ローラーの上でバランスを保ち続ける彼女がいる。

彼女が身につけているのは、黒光りするライクラ素材のサイクルジャージと、太腿の半ばまでを覆うレーサーパンツだけ。 極限まで薄く作られたその機能的な衣服は、まるでボディペイントのように彼女の身体の起伏を克明に浮き上がらせていた。

「許しませんよ。あと五分、心拍数を維持してください」

私の冷淡な命令に、彼女は泣き出しそうな顔で頷き、再びペダルを踏み込んだ。

室内は、彼女の熱気と湿度で蒸し風呂のようになっていた。 彼女の全身はずぶ濡れだ。雨に打たれたわけではない。すべて、彼女自身の毛穴から噴き出した体液によるものだ。

首筋から鎖骨の窪みへと、透明な雫がツーと伝い落ちる。 ジャージのジッパーは胸元まで大きく開けられ、激しく上下する白磁の肌が、薄暗い部屋の中で艶かしく光っていた。 苦しいのだろう。酸素を求める肺が肋骨を押し広げ、豊かな胸の膨らみが波のように揺れる。

シュオオオオ、シュオオオオ。

タイヤがゴムの焦げる匂いを撒き散らしながら唸る。 その音は、彼女の悲鳴のようにも聞こえた。

私は立ち上がり、彼女の背後に近づいた。 ふわりと漂うのは、高価な香水の香りではなく、もっと原始的で、脳髄を痺れさせるような「雌」の匂い。 汗と熱、そして密閉された空間で煮詰められたフェロモンの香りだ。

「腰が浮いていますよ」

私は彼女の腰――レーサーパンツに包まれ、パンと張り詰めた臀部に手を添えた。 ビクン、と彼女の太腿が痙攣する。 私の掌を通して、筋肉の繊維が悲鳴を上げているのが伝わってきた。

「サドルに、もっと深く食い込ませるように」

指先で圧力をかけると、彼女は抗うことができず、細く硬いサドルに自身の股間を押し付けた。 逃げ場のない圧迫感。 自転車という拷問器具は、最も敏感な部分で全体重を支えるように設計されている。

「あ、ぁ……っ! 痛い、です……熱い……」

「その熱さがいいんですよ。機械と肉体が擦れ合って、あなたが溶けていく証拠だ」

彼女の太腿は、ペダルを回すたびに収縮と弛緩を繰り返し、滑らかな光沢を放っている。 その動きは、どこか猥褻だった。 ただ走っているだけなのに、どうしてこれほどまでに扇情的なのだろう。 固定された足首、強制的に開かれた股関節、そして前傾姿勢によって突き出された無防備な臀部。 自転車に乗るという行為自体が、すでに一種の辱めを含んでいるのかもしれませんね。

彼女の髪は汗で頬に張り付き、乱れている。 切れ長の瞳は潤み、焦点が定まっていない。理性が飛び、本能だけで足を回している顔だ。 普段の彼女がどれほど気丈で理知的であっても、このサドルの上では、ただの「漕ぐ肉体」に成り下がる。

私は彼女の顔を覗き込むようにして、その耳元に唇を寄せた。

「綺麗ですよ。今のあなたは、どんな宝石よりも濡れて輝いている」

その言葉は、称賛なのか、それとも止めを刺す毒なのか。 彼女の呼吸が一段と荒くなる。 口元から溢れる吐息は熱く、私の頬を撫でた。

「……見て……ないで……」

「いいえ、見ます。あなたの筋肉が悲鳴を上げ、汗が床を汚し、理性が摩擦熱で焼き切れるまで」

私は彼女の汗で濡れた肩に手を這わせ、指先でその熱さを確かめた。 指に絡みつくような湿り気。 まるで、彼女の皮膚そのものが溶け出して、私の指に吸い付こうとしているようだ。

「あっ、く……! もう、だめ……!」

限界が来た。 彼女の足が止まる。 回転の慣性を失った車輪がふらつき、彼女はバランスを崩した。

しかし、私は彼女を支えない。 彼女はスローモーションのように、自転車ごと横倒しになった。

ガシャンッ!

硬い床に打ち付けられる音と、彼女の短い悲鳴。 だが、倒れた彼女は起き上がろうともしなかった。 自転車のフレームに片足を絡ませたまま、床に大の字になって荒い息を吐いている。

天井の蛍光灯を見つめる彼女の目は虚ろで、口は半開きになり、だらしなく舌が覗いていた。 胸の上下動が激しい。 黒いレーサーパンツの股間部分は、サドルとの摩擦と汗で、周囲よりも濃い色に変色している。

私はしゃがみ込み、倒れた彼女を見下ろした。 まるで情事の後のような、圧倒的な疲労感と脱力感。 高価なロードバイクが、まるで彼女を犯し尽くした後の獣のように、その横に横たわっている。

「……ご褒美が必要ですか?」

私が問いかけると、彼女はゆっくりと視線を私に向けた。 その瞳には、恨めしさと、それ以上に深い、依存にも似た熱っぽい色が宿っていた。

「……水……」

掠れた声で彼女がねだる。 私はペットボトルの水を口に含み、彼女の唇に覆いかぶさった。 口移しで与えられる冷たい水が、火照りきった彼女の喉を潤していく。 彼女は貪るように私の舌に絡みつき、その水を飲み干した。

水が口の端から溢れ、彼女の首筋を伝って床に落ちる。 汗と水が混じり合い、彼女の身体の下で小さな水溜まりを作っていた。

「さあ、休憩は終わりだ」

私は濡れた唇を離し、残酷に告げる。 彼女の目が絶望に見開かれるのを、私は嗜虐的な喜びと共に眺めていた。

「まだ、あと10キロ残っていますからね」

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